フリースクール コルネット、仙台でがんばっております。


もともと国語が苦手だった僕が国語の教員になれたのは、高校のときの恩師T先生のおかげです。


ご自身も「あまり国語が得意でなかった」と語るT先生は、僕たちに添削指導をしてくださいました。文庫本5、6ページの内容を百字以内で要約するという、まあまあ過酷な添削指導でした。僕は高校2年生の途中からT先生の添削指導を受けたのですが、3か月くらいしてようやく現代文の成績が伸び始め、最終的にはかろうじて、平均点の10点くらい上の点を取れるようになりました。そのおかげで、文章を読むおもしろさも少しはわかるようになったわけです。


最初にT先生に添削指導をお願いしたとき、文庫本6ページの内容を百字以内で要約すると知り、どこから手をつけたらいいのだろうと思いました。「どうやったらいいんですか」という間抜けな問いを発した僕に、先生は「まず、とにかくやってごらん」とおっしゃいました。しかたがないので、3時間かかってどうにかこうにか要約文を書き上げて持っていきました。このときの経験から、「まず、とにかくやる」からしかスタートできないものがある、ということを知りました。


1か月くらいたったころでしょうか、定期テストが近くなり、先生にお断りして、添削を休みました。しかし、定期テストが終わった後も、他の教科の勉強のために時間を費やし、なかなか要約に取りかかれないでおりました。そして、また1か月くらいたったころでしょうか、やっとのことで要約を完成し、先生に提出しました。先生はちょっと驚かれていたようでしたが、受け取ってくださいました。そして、次の授業のときにさりげなく教室全体に向けて「1度中断したものを、再び始めるのもすばらしいことだ」ということをおっしゃいました。もちろん僕には、その言葉が僕に向けられたものであることが、わかりました。


実は、添削指導を受けるに当たって、「僕の国語の力は本当に伸びるのでしょうか」というこれまた間抜けなことを、聞いていました。先生はあっさり、「わからない」とおっしゃいました(笑)。しかし、その後、すぐに「けど、新川ならできると思うよ。」とおっしゃいました。僕はその言葉を頼りに歩み続け、国語の教員になることができました。


僕もときどき生徒さんに、「先生、僕は●●大に受かると思いますか」みたいなことを聞かれたりしますが、「僕は神様じゃないからわからないけど、たぶん君の力なら受かるんじゃないかな」みたいな答え方をします。わからないものは「わからない」とはっきりおっしゃるT先生のあり方が、僕の中に入っています。


先日、コンサルタントの先生に仕事上のコンサルをしていただいた際、話の中で、


「たぶん」というところが新川流ですね


というお言葉をいただきました。僕はうれしかったです。僕がいろいろなことに「たぶん」をつけてしまうのには、わからないものを「わからない」と断言するT先生の生き方が入り込んでいます。


T先生が僕を指導してくださったときは、まだ20代の終わりでした。いまの僕はそのときのT先生よりはるかに歳をとっていますが、とてもT先生を超えた気はしません。


でも、いまは亡きT先生の教えのかけらを自分の体に宿していることは、うれしく思っています。

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