仙台でがんばる「フリースクール コルネット」代表の新川です。
今回も、「どうでもいい話」ですが、よかったらお付き合いください(笑)
12号で私がトランペットを吹くということを書きましたが、今までずっとトランペットを吹いてきたというわけではありません。かなりブランクがあります。
私が最初にトランペットを吹いたのは、中学校の吹奏楽部でした。それなりにがんばっていたつもりでしたが、中3のとき極度のスランプに陥ってしまい、失意のうちに引退しました。
その後、31歳である高校の吹奏楽部の副顧問になるまでは、トランペットとは無縁でした。
しかし、副顧問になったのを機に、再びトランペットを始め、一時はプロのレッスンも受けました。
ただ、忙しいこともあって、あまり練習もできず、たいして上達もしないまま、吹いたりやめたり……という日々を過ごしました。
41歳で赴任した某高校は、吹奏楽の強豪校であったので、そんなところで僕の中途半端なトランペットなどとても演奏できないと思い、そのときからトランペットを封印しました。
47歳のとき、別の高校に赴任して2年目でしたが、その年からまた吹奏楽部の副顧問になりました。そのとき、トランペットの部員からかけられた言葉が、一生忘れられません。
「一緒に吹きませんか?」
正直言って、私の人生において、トランペットというのは「挫折」の象徴でした。中学校でスランプに陥り、その後も吹いたりやめたり……。吹奏楽部の副顧問としてもうまくいかないことがあったので、私は吹奏楽やトランペットをこれ以上やってはいけない運命なのだな、と思っていました。
しかし、47歳にもなって、生徒さんから「一緒に吹きませんか?」と誘ってもらえるなんて、こんな幸せなことはありません。こんな言葉をかけてもらえることはもう二度とないだろうと思い、かなり迷った末でしたが、7年ぶりにトランペットを手にしました。
もう、そのときの下手なことといったら、ありゃしません。ほぼ初心者に戻っていました。しかし、少しずつ練習を重ね、時間がかかりましたが、なんとか吹けるようになってきました。
そのうち、トランペットがおもしろくなり、少しずつトランペットの活動を増やし、一般の吹奏楽団にも入れていただき、現在にいたります。
ちょっと恥ずかしい気もしますが、トランペットを吹くという人生が47歳にもなって開けてきたことに、びっくりしました。失意のうちにやめたものが、そして自分には無理だと思っていたものが、30年の時を経てできるようになったこと。私にとっては、運命の大転換でした。
そう思うと、人生って簡単に決めつけてはいけないのだな、とも思います。なにしろ、20年以上も私には音楽の運がないと思っていたのに、47歳から急に「音楽運」がでてきましたから。
これからも何か、思いがけない良い運命がめぐってこないかな、などと勝手な妄想にふけっております(笑)